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東京高等裁判所 昭和55年(ネ)1003号 判決 1983年9月20日

第一二〇七号事件控訴人(債権者) 蔵谷克彦外一〇名

第一二〇七号事件控訴人 第一〇〇三号事件被控訴人(債権者) 渡辺高行

第一〇〇三号事件控訴人 第一二〇七号事件被控訴人(債務者) 旭硝子株式会社

主文

一  原判決中、第一審債務者敗訴部分を取消す。

二  第一審債権者渡辺高行の申請を却下する。

三  第一審債権者らの本件控訴をいずれも棄却する。

四  申請費用は、第一、二審とも第一審債権者らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(昭和五五年(ネ)第一二〇七号事件について)

一  第一審債権者ら

1  原判決を次のとおり変更する。

(一) 第一審債権者らが、第一審債務者の従業員たる地位を有することを仮に定める。

(二) 第一審債務者は、第一審債権者蔵谷克彦、同松信健、同池田勇二、同藤田直圀、同菅原富士夫、同兼城俊彦に対し昭和五〇年三月以降、同葛西珪に対し同年四月以降、それぞれ本案判決確定に至るまで毎月二八日限り、原判決添付別紙賃金一覧表中右各人名下記載の各金員を、同納谷仁に対し金六万五五五五円、同早川清に対し金五万一三六〇円、同佐藤栄に対し金五万七五七一円、同川村敬に対し金五万五六九八円を、並びに同納谷仁に対し同年四月以降、同早川清、同佐藤栄、同川村敬に対し同年五月以降、同表これら各人名下記載の各金員を、それぞれ、本案判決確定に至るまで毎月二八日限り、支払え(第一審債権者葛西珪、同納谷仁、同早川清、同佐藤栄、同川村敬は申請を減縮した。)。

2  申請費用は、第一、二審とも第一審債務者の負担とする。

二  第一審債務者

主文第三項と同旨

(昭和五五年(ネ)第一〇〇三号事件について)

一  第一審債務者

主文第一、二項と同旨並びに申請費用は第一、二審とも第一審債権者渡辺高行の負担とする。

二  第一審債権者渡辺高行

控訴棄却。

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、原判決事実摘示と同一(ただし、原判決二〇枚目表三行目の「年令」を「年齢」に改める。)であるから、これをここに引用する。

第三証拠<省略>

理由

一  第一審債務者が、板ガラス・テレビガラスバルブ等の製造販売を目的とする会社であること、第一審債権者らが原判決事実摘示の申請の理由一の2掲記の表中「第一回契約日」欄記載のとおり昭和四八年又は同四九年に、同表中「資格」欄記載の資格で、職場を同表中「職場」欄記載のとおりとして、第一審債務者船橋工場に労働契約期間三か月の臨時工として採用され、三か月を経過した時点で更に同一内容の労働契約の締結を繰り返えしていたが、第一審債権者らに対する雇止め(労働契約の更新をしない旨の意思表示のされたこと(以下「本件雇止め」という。))前三か月間の平均賃金が原判決添付別紙賃金一覧表各第一審債権者名下の記載のとおりであること、第一審債務者は、第一審債権者のうち、池田、藤田、菅原、兼城に対し、その各労働契約期間満了日(池田、藤田、菅原については昭和五〇年一月三〇日、兼城については同年二月一五日)に、いずれも同年二月二八日までの新たな労働契約締結を申し込んだところ、右同人らがこれを承諾したので、同日経過後は右同人らの従業員としての地位を否定していること、葛西、納谷、早川、渡辺、佐藤、川村に対し、労働契約期間内である同年二月初旬から中旬にかけて、それぞれ次回は労働契約を更新しない旨を通告し、葛西につき同年三月三一日、納谷につき同月一五日、早川、渡辺、佐藤、川村につき同年四月一五日の各労働契約期間満了日経過後は、右同人らの従業員としての地位を否定していること、蔵谷、松信に対し、労働契約期間満了日である同年二月一五日経過後は右同人らの従業員としての地位を否定していることは当事者間に争いがなく、成立に争いがない甲第一号証、第二号証及び原審証人小川正博の証言によれば、第一審債務者は、蔵谷に対し同年一月二七日、松信に対し同月二八日、同年二月一五日に満了する右両名との労働契約につき期間を同月一六日から同月二八日までとする新たな労働契約の締結を申し込み、その際、その後は更新しない旨の意思表示をしたところ、右両名ともこれを拒否したため、同月一五日、右両名に対し同日の満了をもつて労働契約が終了した旨の通告をし、併せて解雇予告手当を支払う旨を通知した事実が一応認められ、右認定に反する証拠はない。

二  第一審債権者らと第一審債務者が雇用期間を三か月とする労働契約を締結するに至つた経緯、その採用時の状況、第一審債務者における本工と臨時工との差異についての当裁判所の認定は、次のとおり改めるほかは、原判決理由二の1の(一)ないし(六)記載のとおり(原判決二六枚目裏一行目から三二枚目裏六行目まで)であるから、これをここに引用する。

原判決二六枚目裏七行目「証人」を「原審及び当審証人」に、「同多田羅正一」を「原審証人多田羅正一」に、同八行目「同宗像正男」を「原審及び当審証人宗像正男」に、同二七枚目表六行目の「反覆」を「反復」に、同二八枚目表一〇行目から一一行目及び同裏一一行目、一二行目、同三〇枚目表八行目の各「年令」をいずれも「年齢」に、同三一枚目裏八行目の「債務者」を「債務者会社」にそれぞれ改める。

三  前記認定のように、第一審債務者の船橋工場における臨時工の採用、処遇の方策は、右工場における生産商品の受注量が経済事情により直接変動を受ける性格のものであるところ、経済事情の長期的見通しがつきにくいことから、安定した生産計画の樹立が困難であるため、比較的短期の経済見通しの下で雇用量の調整を図り得る雇用形態が私企業としては必要不可欠であると同時に、その生産工程には単純な反復作業が多いことから、労働者の定着率が悪く、若年労働者から敬遠される傾向が強いため、かかる職場に期間の定めのない労働契約による雇用者をあてることは企業管理上好ましくないので、短期間の又は季節的な労働を希望する遊休労働者あるいはアルバイト希望者を、相応の処遇を配慮して、簡易な手続で採用することが、右の種々の問題の解決策として妥当であるものとして採り入れられたのである。

そして、そのための雇用期間の三か月も短期雇用希望者の大方の要望に副うと同時に、雇用量の調整を図る必要上の適当な期間として定められたものとみるべきであり、したがつて、第一審債務者において生産商品の受注の見込み等から雇用を継続してさしつかえない場合に雇用者の希望があるときは、新規採用よりも臨時工との契約を更新して雇用を継続することが当事者双方にとつて好都合であることはいうまでもないのであつて、かかる意味においてある程度継続して雇用することが見込まれているともいえるのであるが、更新継続雇用することを当然の前提として短期の雇用契約が締結されているものでないことは、その趣旨からして明らかである。

四  前記認定の事実によれば、第一審債権者らは、契約期間が三か月と明示された労働契約を締結していること、第一審債権者ら臨時工の多くの者が比較的単純で熟練を要しない代替性のある業務に就くことが予定されていたこと、採用時の賃金が本工のそれより高額であり、労働契約期間満了の際には、更新されても満期慰労金が支給されていること、採用対象者の年齢層が本工より高年齢にまで及び、採用手続が本工の場合に比べて簡略であり、身元保証人をたてることが求められていないことがうかがわれ、これらのところからすれば、第一審債務者と第一審債権者らとの間の労働契約(以下「本件労働契約」という。)は、短期の有期契約であることが明らかである。そして、第一審債務者船橋工場の臨時工は、第一審債権者らも含めて、季節的な業務や特定の事業完成までの作業に一時的に従事するとか、本工の病気休暇中の欠員補充などのために雇用されていたものではなく、なかには本工と同じ業務に従事する者もあつたが、平常の単純反復的作業に従事する者が多かつたこと、臨時工の離職率は高いが、相当数の労働契約更新の事例があり、第一審債権者らも二回ないし八回の更新を繰り返えしていたもので、その各更新の前後を通じて就労形態に特段の変化はなかつたこと、契約回数に応じて基本日額を増額する措置がとられ、また、契約回数が五回目になり、雇用期間が一年を越えると一〇日間の年次有給休暇が与えられ、その他本工と同じように社会保険への加入や通勤定期券の支給などの措置がとられていたことからすれば、本件労働契約についても、前記の第一審債務者の臨時工の採用及び処遇の方策に則つた運用がされていたものと認められる。しかし、本件労働契約が右のとおり結果的に反復更新されたとしても、そのことにより、本件労働契約が期間の定めのないものに当然に転化するいわれはなく、また、一回目の更新以後の時点において、本件労働契約を期間の定めのないものとする旨の当事者間の明示又は黙示の合意がなされたことについては何らの疏明がないから、本件労働契約が本件雇止め当時、期間の定めのないものに転化していたとの第一審債権者らの主張は理由がない(期間の定めのある労働契約が反復更新されることによつて、期間の定めのないものに転化したり、あるいは、その法律関係が何らかの意味で質的に変化するがごときものと解することは、法理上も解釈上も肯認しがたいところである。)。

五  しかして、本件労働契約は、第一審債務者において、特に更新をしない旨の意思表示をしない限り、前記三において説示した意味において、従前と同様の労働契約をある程度反復、継続して締結することが見込まれていた法律関係とみるべきであるから、第一審債権者らを本件労働契約の期間の満了によつて雇止めをする場合、その雇止めが権利の濫用又は信義則違反によつて無効となるときは、期間満了後においても従前の労働契約が更新されたと同様の法律関係が存続するものと解される。

もつとも、本件労働契約は、前記のとおりの方策、趣旨によるものであるから、雇止めの効力を判断するに当たつては、終身雇用の期待のもとに期間の定めのない労働契約を締結している本工を解雇する場合とはおのずから差異があるべきことは当然であり、前記三に説示したような期間を三か月とする臨時工の採用、処遇の方策の趣旨に鑑みると、これら臨時工の雇止めには、企業の維持、運営上の必要性をも勘案すべきであり、本件のような余剰人員整理のための雇止めについては、使用者に相当広範囲の自由が認められるというべきである。

六  第一審債権者らは、本件労働契約における短期の定めは、民法第九〇条、労働基準法第三条に違反して無効であると主張するが、期間の定めのある労働契約を締結することは労働基準法第一四条に違反しない限り適法であり、本件労働契約が第一審債権者ら主張のような反社会的、反人権的なものと認めるに足る疏明は何らないのみならず、本件労働契約も前記三で説示したとおりの臨時工の採用、処遇の方策に則つたそれ自体合理性のあるものであり、短期間の就労を前提とすれば、臨時工は、本工より高額の賃金を取得でき、満期慰労金も支給され、本工への登用の途も開かれていたのであるから、短期的収入を望む労働者の需要に応ずる役割をも果たしていたものと認められるので、本件労働契約における短期の定めを違法とみることは到底できない。そして、右のとおり短期の定めは短期的収入を目的とする労働者にとつても有益であるうえに、採用時に本工と臨時工とは同時に募集され、応募者は原則としていずれをも選択しうるのであり、臨時工の場合は採用手続が簡単で身元保証人を立てる必要がないとの前記認定の事実(原判決理由二の1の(二))を考え併せれば、雇止めにつき、本工に対する解雇基準よりもゆるやかな運用のなされることが許容されるものというべきである。

七  雇止め等の効力について

1  本件における雇止めの必要性及び雇止めの対象者の選択等の合理性についての当裁判所の判断は、次のとおり訂正するほかは、原判決理由四の1、2(原判決三七枚目裏一〇行目から四五枚目裏九行目まで。)と同じであるから、これを引用する。

原判決三八枚目表二行目の「証人」を「原審証人」に、同三行目から四行目の「証人」を「原審及び当審証人」に、同四行目「同多田羅正」を「原審証人多田羅正一」に、同五行目の「同宗像正男」を「原審及び当審証人宗像正男」に、同六行目の「証人」を「原審証人」に、同六行目から七行目の「同宗像正男の証言」を「原審及び当審証人宗像正男、当審証人東条春昭、同軽米哲の各証言並びに当審における第一審債権者池田勇二本人尋問の結果」に、同四二枚目裏八行目の「証人」を「原審及び当審証人」にそれぞれ改め、同四四枚目表四行目の「認められる」及び同四五枚目表一行目の「認められ」の前にそれぞれ「一応」を加え、同三行目の「しかし」から同一〇行目「する。」までを削り、同裏三行目の「認められる」の前に「一応」を加える。

2  以上のとおり、第一審債務者による第一審債権者らに対する本件雇止めは、不況時における雇用量の調整を図り、企業の健全な運営を維持するため、比較的簡易な手続で短期の期間を定めて雇用されていた臨時工のうち、更新回数の少ない者を選んでなされたものであるから、右雇止めに不合理、不相当な点は見出し難く、使用者に許される裁量の範囲を逸脱したものとは認めがたい。したがつて、第一審債務者に権利の濫用或いは信義則違反があつたとみることはできず、他に本件雇止めを無効とすべき事由についての疏明はない。

3  ところで、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第九二号証によれば、第一審債権者渡辺高行(以下「渡辺」という。)は、本件雇止めの当時、年齢三〇歳で妻と子供二人を扶養していたが、他の第一審債権者らはいずれも独身者であつたことが一応認められ、一般に、妻子を扶養している者は独身者に比べて雇用関係が存しなくなることによつて受ける不利益の大きいことは容易に推認されるところであるが、本件雇止めに、企業の健全な維持、運営の必要上、一三〇名に及ぶ大量の人員整理のためになされたものであり、しかも、短期の有期契約者につき更新回数の少ない勤続二年以内の者を一律に雇止めの対象としたもので、その選定の基準自体は何ら合理性、相当性を欠くものとは認められないから、その基準に該当する渡辺について右のような個別的、主観的事情が存するとしても、そのことにより、同人に対する雇止めが社会観念上明白に相当性を欠くものということはできない。原判決が、渡辺につき、第一審債務者からの収入に対する依存度は高く、失職することにより被る生活上の不利益は著しく大きいとしてその雇止めを無効とした点は、失当である。

4  第一審債権者池田、同藤田、同兼城、同菅原については、前記一記載のとおり、第一審債務者との間で、同記載の各契約期間満了日に昭和五〇年二月末日を終期とする新たな労働契約を締結し、その際、右期間満了後は更新しない旨を約したものであるから、同日の経過によつて右四名の労働契約関係は終了したものと一応認められる。同人らは、同日を終期とする労働契約の期間の定めは民法第九三条の規定により無効であると主張するが、無効と解すべき理由は何ら存しない。

5  第一審債権者葛西、同納谷、同早川、同渡辺、同佐藤、同川村については、前記一記載のとおり、第一審債務者において、同年二月初旬から中旬にかけて契約を更新しない旨の本件雇止めの意思表示をした(原審証人小川正博の証言によれば、右意思表示はいずれも右第一審債権者ら各人の期間満了の日の一か月前までに各人に到達していることが一応認められる。)のであるから、これによつて、契約期間満了により労働契約関係は終了したものと認められる。

6  第一審債権者蔵谷、同松信については、前記一記載のとおり、第一審債務者において、同年二月一五日、いずれも同日に期間満了となる右両名との労働契約を終了させ、更新しない旨の本件雇止めの意思表示をした(なおその際、労働基準法第二〇条所定の解雇予告手当を支払う旨の通知をしてこれを提供した。)のであるから、同日、右両名との労働契約関係は終了したものと認められる。

八  以上のとおりであるから、第一審債権者らの本件仮処分申請はいずれも理由がなくこれを却下すべきところ、渡辺について申請の一部を認容した原判決は失当であり、第一審債務者の本件控訴は理由があるから、原判決中、第一審債務者の敗訴部分を取消して、渡辺の申請を却下することとし、第一審債権者らの本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九三条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 香川保一 菊池信男 吉崎直弥)

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